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2006年10月31日 (火)

こんな高校でした

昨今、学校が色々な問題で大騒ぎになっている。私もめっきりドラマとかを見なくなったが、やっぱりニュースは目が離せないな。下手な作り物の物語より、最近は現実の事件の方が余程インパクトがあるんだから仕方ない。それにしても。

履修漏れ、ついに天下の灘高でまで発覚しました。灘高だからどうって訳じゃないんだけど、私の出身は大阪で(^^)、灘といえば「ああ、あの」といつも遠い目で仰ぎ見ていた、手の届かぬ至高の世界だったので複雑である。まさに関西一帯の高校の中で灘はエベレストの頂上。次に噂に上るのが四条畷。(私の頃はね。今はどうなんだろう?)私のいた公立校は、一応進学校なんだが特に厳しくはなく、同窓生の表現によると「プチかしこい学校」だった。学生は割とアタマ良かったが、ガリ勉するより人生経験を詰む方を選んで遊んでたのが多く(^^;)、特に私の年度は一浪が膨大に出てしまった。(多くは後でちゃんと入られたようです)受験のみならず、クラブ活動なんかの面でも四条畷あたりによく負けていて、「物凄く全力!尽くしても2番以下」が通例だった。そういう環境で育まれてしまったので、私などには「何が何でも1番になる」という根性がない。悪くはないけどトップではない、という立場は、ある意味自由がきいて気楽で楽しいのだ。まあ、人によるだろうけど。だから私は母校を今でも結構気に入ってる。世界史だってちゃんとやった記憶があるから、履修漏れはないと思う。日本史より好きだったけどなあ。大体、日本史なんていまだに「縄文土器」あたりから始めるんだもんな。(^^;)それは考古学だろー、とかよく思った。日本史は、古代と中世と近代に分けて選択性にしたらどうかと思う。世界観全然違うんだし。戦後史の分量が少ないから、「歴史認識が足りない!」なんて言われるんだし。もちろん、そーなったら私は近代しか取らないだろう。へーあんの「貴族」とか「和歌」あたりが、実は一番興味がない。ヒキコ○リ王国に見えるんだ、あの時代って…

それにしても、私の頃は学生の数が今とは比較にならない程多かった。中学なんて最大、16クラスくらいあった。(無論1クラスフルに40人以上)学校の塀の前は、多分不法に駐輪場になっていて、津波のように自転車が置かれていた。場所がないので、自転車の上に自転車を横に寝かせて積んでる奴もいた。(ホントだもん)そんな膨大な生徒がいるので、もはや教師も学生自身も訳が分からなかった。やたら賢いのもいれば、将来「ヤ」の付く職業決定、みたいな奴もいた。いじめをする奴もいたが、なにせ人多過ぎで、ターゲットもいじめる側も毎回入れ替わったりして固定しないから、誰がいじめたかすら、もはやよく覚えていない。昨今の学校の悲劇って、原因の一つはやはり「人が少ない」事にもよると思う。少人数で密度が濃いから、人の行為が目立ち過ぎる。記憶に残り過ぎる。いじめる側もいじめられる側も忘れないから傷が深くなる。逃げ場がない。あっちもこっちも騒がしくて、「いちいち覚えてらんない」くらいだった自分の学生時代は幸せだったんだろうと思う。何かあったって、特に先生に助けを求めなくても友達がいたしな。

今年の高校生3年生は、全国的に災難だ。歴史に残る異常事態になってしまった。気の毒だとは思うが、逆に今年の高3に留年や浪人が出ても「ああ、あの年の卒業生。それは大変でしたね」と、社会が大らかな目で見守ればどうだろう。履修漏れとは無関係に、たんに勉強しなくて単位落としても、今年なら目立たないぞ!…みたいな…そんな甘い問題じゃないですか?どーもすみません。

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2006年10月27日 (金)

日ハム優勝に思うこと

昨日は、思わず日本シリーズの日ハム優勝シーンを見て驚嘆していた。新庄氏が言っていた通り、マンガのような出来過ぎの展開。やっぱりあの人は偉かったんだな、と痛切に感じた。中日だって決して弱かった訳じゃない。こちとらの応援した(^^;阪神を、直接対決でボコボコにしてくれたくらいに強かったのだ。しかし…見た印象では、明らかに「天が日ハムに味方していた」。空気というか、目に見えない流れや力の働きが日ハムのプレイにステージを与え、中日に力を発揮させる事を許さなかった。そんな感じ。万人が言うように、そんな天の力を呼び込んだのは明らかに新庄氏なのだ。(このヒトに「氏」付けるの私くらいかなあ)…恥も棄て外聞も棄て、ひたすら北海道のお客さんを喜ばせるためにパフォーマンスを続けたという。こんな歴史的勝利を呼び込んだのは、明らかにその努力だ。多くの人間の想いが集中して一体になれば、どんな不可能でも可能になる。この感動シーンのニュースと、今時の事故や社会問題のニュースが並んで報道されていると、どれ程違和感がある事か。人間は最高の行いも出来るが、最悪の行いも出来る。天と奈落である。

人に喜ばれる人間には幸運が付いて来る。その逆は…その逆である。この間、いじめで自殺してしまった少年も、クラスの人間を笑わせようとしていたという。しかし彼には、教師の「偽善者」という酷い言葉が降ってきた。うまくは行かなかったのだろうか。そんなもんに負けないで続けていれば、彼は幸せになれたのだろうか。深く知っている訳じゃないので、これ以上は差し控えたいが…ともあれそういう私も、子供の頃何度か「いじめ」に近い状況になり― 「ウケ」ようとして、ただ白い目で見られていた事を思い出した。まあ、まだ死なないでやっているが。色々作品作ったりして頑張ってみても、未だに決して大きくヒトの「歓心」は引けない。そういや、小学生くらいの時いじめを教師に訴え、不承不承(ホントに不承不承だったぞ)先生がクラスのみんなに「仲良くするように」と言ってくれた事があったっけ。でも、別段状況は変化しなかった。私は、「教師のフォローはアテにならない」という事を学んだ。最終的に乗り越えた方法は―「いじめられても、悪口を言われても笑っている」事だった。つまり、泣いたり落ち込んだりして「いじめがいのある奴」だから面白がっていじめるのだ。どんなに攻撃してもヘラヘラしてれば、いじめても面白くないからきっと止めるだろう。…この作戦は正しかったんですよ。子供なんて面白くない事はやらないんだから。

今時のネットの誹謗中傷騒ぎなんか見てても、子供でも大人でも本性は同じという事が分かる。(子供レベル以下?(^^))相手に少々罪があり、なおかつ少々社会的地位があり、(この「少々」が肝心。あまりの罪人や権威にはやらないのよね)悪口を言っても相手が反撃できず、その悔しい「地位」を引きずり降ろせそうだ…そういう場合に「祭り」「炎上」とかいう騒ぎになる。人間はほんとに醜い面を持っているが、逆に新庄大先生のように(ついに大先生になってしまった…)「変」は「変」で押し通して、「アレは何言ってもしょうがないな」というキャラクターになれば、こんな時代でも人から純粋な真心をも引き出せるのだな。とか思った。もちろん簡単ではないし、誰でも出来る訳じゃなし、裏では色々嫌なこともあるかも知れないが…

そんな訳で、昨日は思わず日ハムファンに鞍替えしそうになったのだが…今日のニュースで、ヒルマン監督と小笠原が来期ハムを去るらしいというのが挙がっていた。ええーっ!新庄先生が去るだけでも痛いのに!「素晴らしい幸福」って長続きしないものなのかね。ともあれ、感動をありがとう。

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2006年10月 9日 (月)

今時のデザイントーン

でねー。今日はキタチョーセン核実験のショックで、なんか楽しそうな事書く元気と勇気をしばらく無くしてたんだけど、ホントはそーゆー話したかったんじゃないのよ。この所、ずっと久し振りのストーリー漫画原稿を描いてた。そろそろ仕上がりそうなので、先日足りないトーンを買いに行ったんだが、なんか近所の画材屋(inスーパー)にはマトモなトーンがほとんど無くてね。それをブチブチ言いたかったのさ。

売り場にずらっと並んだトーン。うちの辺りじゃ、トーン置いてる店があるだけでも拝まねばならない(田舎なので…)のだが、これが。タテセンも点グリグリもなく、その大半が今時のコテコテした「柄トーン」ばかりなの。なんせ長い間、複雑なトーンワークの必要な原稿はほとんど描いてなかったので(^^)、探してもこんなに無いとは思わなかった。あるのは点描に集中線、フラッシュにカケアミ、金網まで。明らかにアシスタント技術の高い誰かが原画を描いたと思われる、アミの樹木シルエットとか。思わず「そのくらい自分で描けー!」と叫びたくなる。大体、すごく不思議なのだが、一面のフラッシュならまだしも、集中線や効果なんて、ちょうど描いたコマの構図にピッタリはまらないんじゃないの?それともトーンに合わせてキャラ描くのだろーか? 金網なんて、遠近や斜めの場面だったら、とたんにサイズ合わなくなるじゃん。私は元々柄トーンの似合わない絵柄なので、今回はハーフトーンとグラデくらいしか使ってないす。

…探しても、必要なトーンが全て見つからなかったもので、都合20年くらい前に買っていまだに持っている(^^)(^^)昔のトーンを引っ張り出して貼りました。やや黄色い気もするが、今でも充分使えます。凄いなあ。トーンは腐らないし、そんなに劣化しないんだね。長い事一般の「漫画原稿」の世界から遠ざかっていたけど、今では昔みたいな技術は使ってないのかなあ。私は原稿描きながら、記憶喪失を少しずつ回復してるよーな昨今です。やっぱりアナログ作業は記憶に繋がってるね。電脳で覚えた事はすぐ忘れるけど。

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核実験くん

秋晴れの爽やかな体育の日…とか言おうと思ってたら、いきなり世間は爽やかでなくなってしまった。うーんついに北朝鮮が核実験… やるとは言ってたけど、ほんと最近悪い方向に実現が早いな。多分、北と日本列島の間が海底水脈で繋がっている…訳ではないと思うから、(つながってたらどーしよ)直接の影響はないと思うんだけど。

現実に命の危険があるかどうか、実際に攻撃されるかどうか以前に、外交は可能性で動く。どの程度の威力か不明にしろ核を持ち、ノドンを持っていれば、「ミサイル+核=核弾頭」という最悪のシナリオは考慮せざるを得ない。対話する気がなく、圧力掛けても逆切れするだけの国家を、一体これからどうやって収めるのだろう? 恐ろしい状況になってしまった。かつて地球上には何度も大規模な戦争や、戦争の危機があったけど、たった一国がこれだけ状況を掻き回したのは初めてじゃないのか。キューバ危機の時は、旧ソ連等の共産圏VSアメリカだったのであって、決して一国の問題ではなかった。…て事は、この「北の国」とテロさえ解決すれば、地球上には本当に平和な時代が訪れる、という事なのだろうか。甘いだろうか。でも、この状況下で前向きな未来を考えるとしたら、それくらいの事しか思いつかないしなあ。核の呪縛で戦争を回避し、核の呪縛で戦争の危機を呼ぶ。この忌まわしい武力バランスのシステムから逃れる道はないものか。

ともあれ…首相が替わって随分いきなりだったこと。深刻にこじれてた中国や韓国とも、一気にこじれてる場合じゃなくなって、協力体制の方向に進むのだとしたら、それも一つの明るい要素かも知れない。今、そんなに危険な世の中で生きてるのかと思うと、どうにも落ち着かず、お尻のあたりが浮ついてしまうのだが、この世は悪い事ばかりは起きないと思いたい。底まで落ちたら、あと上がるしかないものな。(…これが底なら、だが)

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