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2011年1月31日 (月)

たまご爆笑の謎。

小学生の頃。一人っ子で退屈だった私は、とある友達の家にいつも遊びに行っていた。

外で元気に走り回らず、家の中で遊ぶ事も多かった。幼稚園の頃から「将来漫画家になる!」と豪語していた私は、とにかくお絵描きが好きで、その時も友だちと一緒に塗り絵か何かをしていた。同じ色鉛筆セットを使って。相手が使ってる色は遠慮し、交互に仲良く塗ってたと思う。色鉛筆セットには16色、24色など様々なグレードがあるが、その時は当時贅沢品だった「36色」を使っていた。これには普通入ってない珍しい色があって、子供はそれだけで嬉しくて仕方がない。たとえば「たまごいろ」とか。

友だちが言った。「ちょっと、そのたまごいろ取って」

たまごいろってどれだっけ…とっさに分からなかった私は、色鉛筆をより分け始めた。すぐ渡すつもりだったのに時間が掛かる。間がもたない。仕方なく、タイムラグを埋めるために歌い始めた。

私「♪たまご たーまーごー たまたぁーまぁ たまぁ~ごー はーたーまごよいよい」

節は…まー志村けんの「東村山音頭」と「会津磐梯山」を混ぜたような。無論デタラメである。そしたら、突然友だちがすさまじく爆笑し始めた。お腹を折って。大声でのたうち回って。私はしばらく何が起きたのか分からなかった。

私「どーしたの?」

友「あんた…そんなおかしい事言っといて、自分でおかしくないの??」

私は、よーやく彼女が「たまご音頭」でウケたのだと気付いた。無意識だったし、ただ「たまご」に節を付けただけなんだが、思い返すと確かにおかしい気がする。その上彼女の爆笑に巻き込まれる。私も笑い出した。ひーひー苦しくなるほど笑った。…いや、笑ってる場合ではない、とお互い気付き、冷静になってまたお絵描きを始めようとした。が…突然また彼女が笑い出す。ツボにはまったというか、どっかが破れたというか。…また冷静になる。またしばらくすると爆笑。そんな事を繰り返し、結局2時間たっぷり二人はひたすら笑っていた。

人生であれほど笑った事はなかったし、この先もないと思う。楽しかったというより、マジで腹筋が苦しくて健康の危機を感じた。…その後、家にこもって他人とお絵描きする事はあまりなくなったように思う。恐いのや悲しいのもイヤだが、人間笑い過ぎるのも危ないんだな、という事を学んだ1日だった。

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ルーちゃんぎょうざ・オマケ絵本

昔、「ルーちゃんぎょうざ」というチルド餃子に、オマケの絵本が付いていた。

調べたら、今でも「ルーちゃんぎょうざ」は存在する。焼けばすぐ食べられるタイプの生餃子。商品自体はそんなに変わってないようなのに、メーカーのサイトは絵本の事には全く触れてなかった。

餃子の袋を開けると、ちーさい絵本が出て来る。そうだなータテが3~4㎝くらい。本の装丁の時に切り落とされた端財のような感じ。とじしろは糊で固まってるだけ。だから何度もめくるとすぐページが取れる。表紙には、「ルーちゃん」「ペイネちゃん」と名前の書かれた小人が二人、花か何かを抱えているイラストが載っている。青い服の小人が男の子の「ルーちゃん」、ピンクが女の子の「ペイネちゃん」らしい。中身は、オリジナルの創作童話絵本。全種類は集められなかったが、確か10話くらいあった。それぞれ別のストーリー。絵柄も文体もバラバラで、明らかに何人もの作者がいた。面白いのもそうでないのも(^^)あったが、なんせこれだけ小さい本の中に書かれているので、読むと何かの秘密を覗いたようで妙にワクワクした。

物語の詳細はほとんど忘れたが、覚えてるのは「団地の中で草原に寝転ぶと森に見えた話」、「ルーちゃんとペイネちゃんが絵の具で春の色を塗る話」、あと「扉を開けると別の世界へ行ける話」…なんかだったと思う。一番好きだったのは「空色のへび」。その名の通り空色で、尾の辺りに金色の輪っかが付いたへびが主人公。こいつが敵か何かに追われて逃げて行くと、体が青い空に溶け込み、金色の輪だけがコロコロと転がっていくのだ。イメージが鮮烈なので記憶に残っている。

絶対全種類集める!と思っていたのだが、残念ながら夕食のメニューを決めるのは子供の私でなく親だった。そういつも餃子ばかりは作ってくれない。たまに作っても、出た絵本は持ってる話と被ってたりして何度かガッカリさせられた。…やがて、袋を開けても絵本は出て来なくなった。オマケ期間が終わったのだろう。読めなかった数話がとても気になったが、手に入れる方法はもうなかった。集めた分の絵本も長いこと大事に保管していたのに、なんせそーいう装丁なので、分解していつか無くなってしまった。

今、ネットで調べてもこの「ルーちゃん絵本」の資料はほぼ存在しない。どこへ行ったのだろう。私と同じように熱心に集めてた子供も、本の作者や関わった人間もいるだろうに。もし可能ならもう一度、読めなかった分を含めて全部読みたい。ルーちゃん絵本は私の、そこはかとない記憶の風穴である。

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2011年1月30日 (日)

雲の狐の嫁入り

連れ合いのやまくんの、子供の頃の不思議体験。

ある時、晴れなのに雨がパラついてきた。近所で遊んでいた子供たちは空を見上げた。

「こういうの、狐の嫁入りって言うんだぜ」

すると、やま少年は空の一角に奇妙な雲があるのが目に入った。それはなんと「狐」にそっくりだったのだ。しかも四足でなく、頭が狐、体が人間のような形。その上一体ではなかった。先頭に「旦那狐」、次に「花嫁狐」らしきのが続き、その後ろにはご丁寧に、お供の狐らしい小さい雲がずらずらと並んでいるのだ。なるほど、あれが狐の嫁入りか…と、少年だったやまくんは素直に納得した。周囲にいた子供たちもみんな同じ物を目撃していたので、錯覚や思い込み、妄想のたぐいではないという。雲なんて普通はあっという間に形が崩れるものだが、この「狐雲」は不思議と長いことそのまま出現していた。だが目撃者は子供、いつまでもそんな物を眺めている訳はなく、やがて飽きた彼らは遊びに戻っていった。だから狐雲がその後どうなったのかは誰も知らない。

やま少年が「それってちょっと不思議なんじゃないか」と気付いたのは、もう少し大きくなってからだった。

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三色の血の伝説。

まだ小学生だったかなー。世の中の事はもちろん、自分の事さえ良く分からん頃。ある友達が真剣な顔でこう教えてくれた。(注・in大阪弁)

友「あのな。人間の体には赤、青、白の三色の血があんねんで」

私「えー?(驚く)だって切ったら赤い血しか出ーへんやん」

友「それはちょっと切っただけやから赤やねん。青とか白は体の深いところにあんねん。だから大怪我とかして深く切ったら、こう…」オーバーアクションで自分の全身をぐわーっと掻き回す。「こーんな!こーんな!まず赤い血がぐわーっと出て! 次に青い血がぐわーっと! んで最後に白い血がドロー…」

私「(おびえる)うわー痛い痛い!やめてぇー!」

…まーこんな記憶なんだが。(^^)しばらくはほんとに大怪我したら三色の血が出ると信じていた。もちろんそんな馬鹿な血は人間の体には流れてないが、なんかホントっぽく思えたのだ。やや成長して嘘だなと気付いてからも、「彼女はなんで三色の血なんて言ったんだろう」と不思議だった。…今にして考えると、多分人体模型の血管の色を見て、そのまんまのが体内にあると思ったんじゃないかと思う。確か動脈が赤、静脈が青かなんかに塗られてるよね。白は神経か。でも床屋の三色も赤青白だし、赤血球・白血球・リンパ液のモデルなんかも三色だし、「大怪我してぐわーっと出て来る三色の血」は、今でも妙な迫力あるイメージとして記憶に残ってるのだ。

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///んじゃーそろそろ。

埋め記事をもっと書こうと思ってたけど、面倒臭くなってきたぜ。(^^;)そろそろ本編行きます。

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2011年1月27日 (木)

///で、新企画ですが。

ぼちぼち表示を変えたりして、リニューアル考え中。なんたってもう「日記に類する、日々の出来事は書かない」と決めたので、そーなると過去の記憶とか、とーめん変化のなさそうな事象を書くしかないんだが。今考えてるのはふつーのカテゴリを一掃し、「幻の記憶」「謎の出来事」「やまくんの不思議な体験」なんかの項目で書き込みをすること。でも大してネタがないんだよな。(^^)どうせなら変わった面白い話を書きたいのだが、私は、いわゆる「霊感」は完璧にない。オバケを見るタイプの人なら、日々目撃した怪奇なものの話を書けば、ネタは尽きないんだろうけど…(←でも決してうらやましくない)過去の話ではすぐにネタ日照りになるだろう。連れ合いのやまくんは私よりは不思議体験を持ってるらしいのだが、本人が恐い話大嫌い(^^)で、あまり話したがらないので聞き出すのに苦労する。よそ様からコメントをいただいて、それを掲載するという方法もあるが、全く反応なかったり、逆にどー処理していいか分からないコメントを大量にもらったりしたらお手上げになるよな。…まあ、自分でも初めての試みなので、ぼちぼち実験的にやってみるしかないか。ちなみに記事表示数を5つにしたみた。よって以前の記事をトップに表示しないために、こーいうどうでもいい記事をあと3つは書く。埋め記事でやす。

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2011年1月22日 (土)

///えらいご無沙汰しました。(^^)

うわぁ…最後に記事書いたのが2008年だ。まだミンシュ政権になる前。2年以上も放置しちゃってすいませんね。何を言ってもまともな方向に行かないマスコミに嫌気が差し、ついでにサギに決まってると思ってたミンシュが衆院選で大勝しちゃって有権者に失望し、その後のミンシュのドヘタレぶりで、せーじ自体にうんざりし… 記事を書く意欲が全く無くなってしまったのだ。(^^)そもそもせーじの話なんかブログに書いたのが間違いだったと反省した。色々面倒なだけだ。

でも、ふつーの日記はHPの掲示板で書いている。ほんとに個人的な日記なので、ブログで大量アクセスに晒す意味がない。「また夕食セグロイワシか」とか突っ込まれても困るし。もう、この「連絡帳」は閉鎖しよーかなとも思ったが、連れ合いのやまくんに「削除する事はない」と言われた。じゃ、これは置いといて新規にネタ中心のブログを作ろうか…と思って良く見たら、ココログは複数アカウント持つのにカネ掛かると分かった。そりはもったいない。…うーんどうしよう。今年中に大きく模様替えしたいけど、投稿して反映されたらどう見えるか、とか色々考えたいので、しばらく準備期間ください。どーもすいません。<(_ _)>そんな訳で、以降過去記事には触らない事にします。表示されてしまうけど無い事にして。コメントとか付けていただいても返信しません。昔書いた記事の事なんか私だって忘れてるし、反応しようがないから。勝手ながら、リニューアルまでお待ち下さい。

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