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2011年4月25日 (月)

映画とシンセとアメリカの朝食

それがどのくらい珍しいのか分からないから、ちょっと書くのを躊躇してたが…連れ合いのやまくんに「ものーーーーすごく珍しい!」と太鼓判を押されたので、書いてみようと思った思い出。

高校時代。文化祭で映画を撮る事になった。…話せば長いので全部は書けないが、すったもんだの末、私が脚本・総監督をやる事になった。撮影機材はというと、当時だから「8ミリ」。しかも数学の担任の私物を借りての撮影である。(^^)私も含め、スタッフは無論みんな素人。映画マニアのような知識のある人間もいなかったし、全ては試行錯誤だ。私も見よう見まねの「絵コンテ」を切り、演技をどーこー指導したり必死だった(- -)訳だが… まあ人徳がないというかリーダーの資質がないというか、人が付いて来ず映画は何度も破綻しかけた。不評を買って詰め寄られ、一度リコールされ、結局やる人間が他にいないのでまた戻された。その上、コンクールを控えた吹奏楽部の特訓も重なっていたのである。(- -)…過労状態でヘロヘロのヨレヨレ。道が真っ直ぐ歩けない。当然夏休みは全部そういう事に消えたのだが、他の遊びたいスタッフにはよく逃げられた。…秋が来て、文化祭が近付いても中々完成せず、深夜近くまで男子宅に(- -)詰めてプロジェクターでフィルムを編集した。切って貼り切って貼り、フィルムを針で引っ掻いてレーザービームを撃つシーンを作った。(昔はそーいう事したんだよ。(^^)良い子のみんな)…誰も団結しない映画集団だったが、ただ一度、声も全部入れて最終ラッシュを見、ちゃんと映画っぽく仕上がってるのをスタッフで確認した直後だけ…「やったー!」と一同飛び跳ねて歓喜した。(^^)…その一瞬が全てだったな。

…ま、そんな話はどーでもいいいんで。その映画制作の最中の話。私も始めの頃はバカだから、無謀な野心に燃えて「テーマ音楽は自作しよう」とか考えていた。しかしギターやピアノは出来ないし、部活の吹奏楽器はバスクラリネットというどマイナー木管。不気味な森のシーンくらいでしか活躍しない(^^;)音質の楽器で、とーてーBGMには使えない。出来ればシンセサイザーが欲しかった。(^^)…しかし考えて欲しい。当時パソコンはまだないのだ。市販の電子音楽は普通はエレクトーン。…冨田勲の登場以降、喜多郎とかテクノポップでシンセサイザーの存在は有名になりつつあったが、やっと鍵盤の付いたやつが発売されたかされないかくらいで、基本プロしか持ってない。本格的なものは部屋一面を埋めるほどの大きさ。…そんな時代になんでシンセサイザーと思い込んだのか自分でも分からないが、とにかく私はある筈もないシンセサイザーを探し回っていた。すると、あるクラスメートの女子が「うちにあるよ」と言い出したのだ。…ええっシンセ持ってる? これはちょっと触らせてもらわねば!…という訳で、スタッフ一同ゾロゾロと彼女の家に遊びに行った。

…いわゆる「お金持ち」。彼女の部屋にその機械はあった。キーボードっぽいが、何か大量のツマミやスライドスイッチが付いている。電源を入れるとツーと音が鳴り、いわゆる「波形」が表示される。ツマミを切り替えるとそれが「正弦波」、「三角波」、「ノコギリ派」、あと何波だか分からん四角いやつ…と変わっていくのだ。うわぁ波形から作るんだ!すげえ!…しかし、何をいじれば「音楽」になるのかがサッパリ分からない。別の音と混ぜたり、波形の幅や高さを変えたりするらしいが、そもそもどんな波形ならどんな音になるのか知識がないのに、これで素人が音楽なんか作れる訳がない。…持ち主である彼女に使い方を聞くと、彼女も良く知らないらしい。そもそも音楽やってる訳でも何でもない子だ。「じゃー、なんでシンセサイザーなんか持ってんの?」と聞くと、彼女はポーッとした表情でこう言った。

「シンセサイザー欲しいって言ったら、パパが買ってくれたのー」

…パパ。(- -;)それ絶対ハンパな値段じゃないだろ。使いこなせないと分かってる娘になぜ… いや、言うまい。お金持ちの思考は私のごとき貧乏庶民には計り知れんのだ。ともかくその日はみんなでシンセサイザーをいじり倒し、うわーうわーと騒いで遊んで日が暮れた。(- -)…日程の余裕はないとゆーのに。

で。このシンセ、機種は何だったのか。… これが、不思議な事に今資料を調べても全く分からないのだ。当時一般に発売されていた製品など数える程なのに。年代からするとローランドVP330かと思ったけど、デザインが記憶と違う。海外のWavecomputer 340とかは波形の出る窓がない。カシオのVL-Tone VL-1でもない。こんなシンプルなボタン数じゃなかった。…あるぇ? 記憶では確かに「ホワイトノイズ」と「ピンクノイズ」を出すスライドがあった。ノイズの種類なんてこの時初めて知ったのだから間違いない。波形の出る小さな画面も。…専門家のプライベート機種だったのか? 誰か、そんな謎のシンセの事を知ってる人はいませんか。

…結論。結局「テーマ曲の自作」は幻に終わった。(^^)映画のラストに流す曲は、あるスタッフの強い勧めでスーパートランプというグループの「Breakfast In America」(アメリカで朝食を)に決まった。…結構画面に合ってて良かったから悔いはないが… 今でもこの曲を聞くと、当時の苦闘と挫折、シンセで弾こうと頭の中で作っていた自作曲の記憶が蘇る。ほろ苦いというより激苦の思い出である。(- -)

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珍しいものを見た」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
一度、コメントなどつけてみると表示がどう変わるのかなと思いつつ。

>当時パソコンはまだないのだ。
時期的にびみょ~ですけど、タブン、ありましたよ。
ぴーぴーがーがーいうテープレコーダーがくっついたやつが
ちょうどそのころ発売してます。
ただし、誰もパソコンとは呼んでませんけどね。
当時の呼び名は、パーコン。決して、○○○の出来が悪いとか言うことではなく(ほんとか?と疑うような性能でしたが)パーソナルコンピュータから「パー」と「コン」をとってきています。
パソコンと呼ばれるようになったのは、その何年も後のことでした。。。

投稿: Red Viking | 2011年4月30日 (土) 23時51分

Red Viking様・
へえー。(^^)パーコンですか。
それは見た事ないですね。

ひょっとして「C言語」とやらを使わないと動かない、
とんでもなく素人には扱い辛いやつ?
後年日本語BASICやMS-DOSでさえゼーゼー言ったのに、
多分、あっても私には絶対使えなかったでしょう。

余談だけど、MS-DOSの時代にドットを無数に打って
美少女のイラスト描いてた人間とかいたな…

投稿: いくたまき | 2011年5月 1日 (日) 01時08分

いくた様
>ひょっとして「C言語」とやらを使わないと動かない、
C言語ってまだなかったのでは?
(あったかな?AかBだったと思うけど。)
どっちにしろ、OSもない時代なので、
BASICかマシン語を直接入力するかの世界です。
そのころのPCは、
Z80というCPUなのでMS-DOSも動かないというか、
MS-DOSができたのはもっと後。
>余談だけど、MS-DOSの時代にドットを無数に打って
美少女のイラスト描いてた人間とかいたな…
今でも、文字を無数に打って顔とか書いている人は
いるようですが。。。

投稿: Red Viking | 2011年5月 6日 (金) 05時36分

Red Viking様・
…その「昔のコンピュータ」って
何の仕事させてたんですか?(^^;)
なんとなく「電卓のでかいやつ」かなーと
いう気がしてきた。

ところで、昔お茶の水博士とかがよく読んでいた
「コンピュータの吐く穴の開いたテープ」って
ほんとにあったんでしょーか。
誰にも分からんものを「ふむふむ…なにっ!」とか
言って一人意味が分かるという。(^^)
あれはCとか言語ではなく、点字の一種かも…

あと。昔のコンピュータのディスプレイには大抵
「大鉄人17の目」みたいなカラフルなマス目が
割ってありましたけど。(^^)
あれも、何を表示してたんだか良く分かりません。
つーか、そういう物の意味が分かるのが
「博士」だと思ってたよなあ。

投稿: いくたまき | 2011年5月 8日 (日) 05時26分

いくた様
>…その「昔のコンピュータ」って
>何の仕事させてたんですか?(^^;)
ゲーム、他いろいろ。結局ほとんどお遊び。

>なんとなく「電卓のでかいやつ」かなーと
>いう気がしてきた。
プログラム電卓はさらに昔にさかのぼれます。
但し、シャープやカシオの出していた持ち運び可能なサイズではないですが。(それこそ電卓のでかいやつでしたが。)
・・・高校の数学科の教官室には入りびたってみるものです。。。(なんのこっちゃら。)

>「コンピュータの吐く穴の開いたテープ」
ウルトラセブンで、なんとか隊員が読んでいたやつですか?
ありましたよ。紙テープの実物をみたことしかなく、紙テープ装置の実物は見たことがないので、実際に吐き出しているのを見たことはありませんが。バイト先の人が読めるよっていっていました。(私は、読み方の見当は付くんですけどね、読めるとは思わない。)
ちなみに、キーをたたくとカタカタと音がしてプリンタに文字が打ち出される装置(ディスプレイがない。)はさわったことあります。また、磁気ディスクではなくって、人間が一抱えするような大きさの金属製円筒が回っていて手のひらサイズのヘッドがシャーシャー上下に動いている磁気ドラムってやつもね。(でかさの割りに容量は数MBくらいしかなかったはず。)なんせ、みたのは、メモリ256K(当時最新鋭のパソコンPC9801と同じメモリ容量。)の10年落ちのスーパーコンピュータでしたから。(翌年解体処分。)

>昔のコンピュータのディスプレイには大抵
「大鉄人17の目」みたいなカラフルなマス目が
割ってありましたけど。(^^)
ブラウン管の焼けた後かな?
ブラウン管も同じところばかりある色を表示すると
(昔のは大抵緑ですけどね)なにも表示していなくても
焼けてうっすらと白く見えることがあるのでそれかな?

といったところで。。。

投稿: Red Viking | 2011年5月13日 (金) 00時40分

Red Viking様・
ちょっとバタバタしてて、お返事が遅くなりました。すいません。

高校の数学科の教官室って。(^^)そんなんあったんだ。私は当時はマクド(東京で言う所のマック)と、ほぼ部室状態だった某会館にしか入り浸った事ないんで。校内に何があるかも良く知らなかったかも。

あと。ブラウン管の焼けた、とかそーいうのではないですよ。「大鉄人17」で画像をググって目を見てみて下さい。(^^)あの配色や点滅でビミョーな心理状態を表すんです。うんうん。

投稿: いくたまき | 2011年5月19日 (木) 00時23分

懐かしいエピソードですね。
「レ」の全音符から始まる哀愁に満ちたテーマ曲は
結局お蔵入りになったんでしたっけ?

一生懸命頑張っていたのに、サボってばかりでごめんなさい。35年目の懺悔をさせて頂きます。

投稿: お笑い要員 | 2012年8月 4日 (土) 11時05分

お笑い要員様・
…えー、昔の同級生の方?
ですよね。
覚えていて下さってありがとう。(^^)
どなたなのかは、この際聞きません。

あの時のボツ曲、実は譜面を書きかけ、
そのまままだ置いてあります。
恥ずかしいのでボツのままと思ってたけど、
覚えてる方がいるなら、そのうち完成させよっと。

投稿: いくたまき | 2012年8月 5日 (日) 01時41分

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