2007年5月18日 (金)

あーあさましい

最近はあまり本当の事を書くと怒られるらしい。なんたってネットだ。世界中に即時で繋がってる上、私を含め書く人間に掛かる規制が何もない。(^^)でもあまりにオバカなニュースを見たので、つい一言言いたくなった。

「あさましいぞ、某大国!」

日本を含め世界の名車、有名アニメキャラクター、DVDなんかをパクるだけでは済まず、自国の夢を掛けた「高速列車」の部品まで盗みまくっているという。日本人の品性が落ちてるのもガックリくるけど、なにか。最近こういう倫理観の低下は世界的なのかと思う。高度経済成長期ってそういうもんなのかなあ。でもさすがのこの国でも、当時の新幹線の部品は盗まなかったと思うな。ただその頃の日本人、国内では真面目な顔をし、海外で羽目を外して暴れまくっていたようだから、多くの暴挙は知られてないだけかも知れない。社員旅行と言えば○春ツアー、途上国は環境破壊しまくり。昔、筒井大先生の「農協月へ行く」という作品があったが、ああいうもの、今おおやけに広めると大問題になりそうだ。当時の社会の裏側を鋭く突いてたんだが。あと「アフリカの爆弾」とかね。当時はかなり過激だったけど、今は世の中の現実の方が余程バカになってるので、そうぶっ飛んでいるようにも感じないのが怖い。

ネットがない頃は感想ひとつ、評論ひとつを世の中に出すのも大変だった。ライターが一生懸命字を書き、その汚い字を編集者が一生懸命解読して校正し、ゲラ刷りし、作家が確認し、やっと製本、輸送、販売店…、そして読者がわざわざ本屋まで出向いて、お金出してそれを買うわけである。一つの感想にも多くの人間が関わり、手間が掛かっている。さんざんチェックも入るから、あまりに下らない物はそもそも世に出ない。ひとつの文章にはそれだけ高い価値があったのだ。だから、文にされたものはじっくり読んだし物も考えた。頭にきたり、衝撃を受けたからっていちいち反撃できない代わりに、自分の中で内容を噛み締め、「この文章はどこまで本気で受け止めるべきか」と客観的に考える余裕があった。だから、その頃は耳に痛い話でも人はちゃんと聞けたのだ。今はダイレクトだものな。書かれた物も思いつきでチョコチョコッとな文が多く(そうでない書き手もいるが)、読む側もザッと読んで、気に食わなかったら受け止める暇も無くクレーム。時には感情的に中傷。人類バカになるわけだ。反省する能力なんて決して身に付かない。もし鋭いが耳に痛い社会評論があっても、ネット上で何万人もが寄ってたかって叩いたらあっという間に潰されるのココロだ。「耳に痛い良識」は絶滅の危機にあるのかも知れない。だからしつけもされず、自分が何してるのかも分からず、衝動だけで生きてる人間が増えたのかも知れない。願うのは、「何万人」の大半が良識を持ってくれる事だけだが… どーすればそうなるのかはまるで分からない。

でもやっぱり、最近の世界中に向けて。私は「あさましくなるな」と叫んでおく。ネットでは無料で気軽にデータが得られるかも知れないけど、現実の物品は買わない限りあんたのもんじゃない。ゲームの中では人は何度○んでも生き返るが、現実は○んだら終わりだ。決してその先はないし、ひどい○に方した人間は、そんな簡単には生まれ変わらない。映画の中では人殺しはチノリと特殊メイクに過ぎないが、現実に起こるそれはあなた自身を壊す。人間をモノ扱いした者は人でなくモノにしかなれない。ここは世界の中心でも何でもなけど、取り合えず叫ぶのだった。

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2007年2月 7日 (水)

平均ってなに。

ちょっと頼まれ物があって半徹夜した。出来上がったのでやっと寝れるのだ。…と思ったら、眠るまいとしてコーヒーがぶ飲みしたせいで、今度は寝られない。(T^T)

この間の「不適切発言」に輪が掛かっちゃいましたね。あれが無ければヒンシュクぐらいで済んだかもしれないのに、既に大臣のイメージが地の底に落ちてるから、「健全」という言葉がまー悪く聞こえること。カンに触らない物の言い方のできない人だな。…でも、「子供を生まない女性」「生みたくない女性」なんて、あまりテレビで取り上げて連呼されるのも何だかである。別に私個人に言ってる訳ではないだろーけど。もう「どっちだっていい」という展開にはなってくれんのか。

「子供が欲しくない」なんて女性、昔から結構いたけどなあ。だからそんなに大きな問題だとは思ってなかった。人間は人間である事が肝心なんで、男か女かは後の問題だと考えてたし。少なくとも私は。別に政治家に言われたって作らない人は作らないし。でも、確かほんのちょっと前まで、「夫婦二人、子供二人が平均的世帯」って世の中は言ってたぞ。それは間違いない。ところが、とある団地で調べたら「平均的世帯」が一軒もなくて、それがニュースになったりもしていた。いつから「平均でないのが平均」に変わったのだろう? その方が謎だ。私は元々、何かというと「変わり者」扱いされていたので、自分が世間の「平均」でないからって気にした事はない。ただ、「今時の人が何を平均と思ってるか」くらい知っておかないと、とは思っていた。ところが最近、もはや「平均」が何だか良く分からないのである。たとえばストーリーを一つ考えるとする。主人公は「普通の人」だとする。…で、その主人公の家庭は? 両親は? ここで登場するのが「平均」なのだ。ひと昔なら安直に「主人公は男子高校生。父はサラリーマン、母は専業主婦。弟一人。隣の家に幼なじみの女子高生が住んでいる」これくらいで、読者は「ああ普通の少年だ」と納得してくれたのだ。今はそうでもないぞ。「主人公はヒキコモリ中の男子高生。母が離婚して以来母子家庭。隣の家の陰から時々覗いているのは別れた父親らしい」…このくらいにしないとイマドキにならない気が。(とは限らないけど)ともあれ、「これがあるべき平均値」「基準値」というのは、もはやどの世界にも残ってないのかも知れない。

私は子供の頃から「世間的な家族」でなかったせいか、上京して自立して以来、「サ○エさん」を真面目に見た事がない。実は「○びまる子ちゃん」すら見ない。ホームドラマは論外。家庭がもめたり崩壊したりする話は、特に苦手で絶対見ない。「家庭の描写」というのにあまり感情移入できない、もしくは不幸な家庭を見たくないからである。でも、世間の人はそういう「家庭物」をよく見てるんじゃないのか。やっぱり「状況さえ許せば、家庭を持って子供二人くらい欲しい」という夢を持つ人は、本当は多いんじゃないのか。カテーもへったくれもなく生きている「筋金入りのヲタ」は、やっぱり一歩引かれてると思うし。私もまだ「家庭に縛られなくて自由な所が素晴らしい!」なんて褒めてもらった覚えはないし。(^^) でも、子供を増やす事を考える前に、国家はしなければならない事が山のようにあると思う。それは、今いる子供や若い人間を大切にする事だ。せめて、いじめ関連で自殺したり、虐待されたり事故にあったり、犯罪被害にあったりするのを防ぐ事から初めてくれ。先輩たちが悲惨な目に遭ってるのを見て、なんで次の赤ちゃんが「この世界にどんどん生まれて来よう」なんて思えるだろう。その辺をしっかり考えないで、不適切発言の言葉尻だけ追及するなら、与党も野党もほんとに国会経費の無駄遣いだ。

せっかく子供を産んでも、諸所の事情で大変苦労している人も何人か知っている。そして、そういう人を追い詰めたり苛めたりするのが、男性であるとは限らないのである。ほんと。男vs女なんて構図にする事自体、まさしくカビの生えた昭和の発想だと思うよ。人間はあくまで「人間性」で判断して欲しい。なんなら、医療を進歩させて、心優しい男性が子供を生めるようにしたっていいじゃないか。…そのうちにね。(多分同居人は大反対(^^))

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2007年2月 2日 (金)

いやあどうも不良機械で

これはまずいだろう、とは思ったが、予想以上に火種が炎上してますね。例の発言。女性の怒りのせいもあるが、それでなくても不祥事続きの安倍政権を叩き潰す絶好のちゃーんす!とばかりに、野党が張り切っているのもあるだろう。まあ野党というのは文句を付ける為に存在するのだから、この件に喰い付くのは無理もないけど、私は社○党時代の審議拒否とか牛歩とかが大嫌いだったので(^^)、やり方として共感できない。だから炎上を煽るような事は書かない。そんなに言うなら、出て来て具体的に女性を尊重する法案を出せよ。

私は子供のない「女性」である。少子化に貢献しちゃっている。実際に産んでないせいか、この発言にも「まー失礼な奴ね」くらいで、感情的な怒りはそれほど沸かなかった。こういう思想から見ると、「計算外の不良機械」という事になるのだろうが… まあ、女性として良く出来ているとは自分でも思えないし。(自分として良く出来ていればいいよね(^^))ちなみに、知り合いの子供が3人いる女性は、やはりそうとうムカついてました。子供を産む実感のある人の方が、生理的に許せないんじゃないかな。ちなみに私が子供を作らなかった原因は、体力不足と金銭不足。あと、同居人も親も、それ程「子供」を強く期待しなかったから。でも確かに一時期、子供がいない事をコンプレックスには感じた。どこで感じたかというと…実は「子育て支援法案」なんだな。子育てを優遇する制度にカネを回すため、煙草とかガソリンとか車とか(タバコは弁護してもらえないと(- -;)分かってますが)こちとらのよく使う物から税金を取られるのかと思うと、すごく逆差別されているように感じた。でも実際子供がいると大変なのも分かっているので、仕方なくぐっとこらえた。子供が減るのは先進国の宿命らしいが、日本の急激な少子化の本当の原因は、バブル崩壊以来の金不足と、それに付随する社会不信、人間不信などの精神的な問題の両面だろう。お金の不足は法案で救えるかも知れないが、「今時産んでも幸せにしてやれないかも」という精神的な不安は根が深い。これは政治家にはどーにもできない部分。だから、こればかりを少子化問題の論点に据えるのもずれていると思う。まず人々が安心できる社会にする方法論をしっかりと打ち立て、それに応じて必要な法案を作っていくべきでは。

私が女性として、今まで最も許せないと感じたのはこの発言ではなく、とあるタレントの奥さんが癌で子宮を摘出した時の、夫の「子宮を取ったらもう女じゃない」という発言だった。これは感情的に一番嫌だったな。なぜなら、実は私も取られかけた事があるんですねー。巨大子宮筋腫で入院した時。筋腫だけ取れば済む事なのに、医者が「子宮取る方が簡単」とばかりに、すごく取りたそうな顔をした。私はゾッとした。どーにか説得して取らずに無事手術を終えたが、こんな…医者のメスの振るい方一つで左右されるものかと思うと本当に恐かった。実際、今時は代理母とか、精子バンクとか人工授精とか、ただ「物理的に人間を製造する」方法はどんどん発展してるようだ。子供を産む事を機械的に考えたら、極論的には「じゃあ子宮と精子を政府で買い上げて納税者を製造」という事にもなりかねない。日本人が、トキのように本当に絶滅寸前になったらやるかも知れないが、まあまだ絶滅までは行かないと思うので。もう少し「生きやすい世の中にする」という基本的な方向で考えてもらいたいもんですね。

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2007年1月14日 (日)

嫌いなものを好きになる時

新年早々から、また世の中色々事件だらけで。いくつかはHPで替え歌のネタにしたが、とーてー「歌うわけにいかない」事件も多くて困る。「バラバラ事件」が3つ続いた時には…「ま、またこんな恐ろしーものが流行るのか!」と危惧したが、これで終わるかな?終わってくれよ。「マネキンに似た物が入ったゴミ袋」なんて、私は生涯目撃したくない。

替え歌のネタにし損ねた事件に、「防衛庁→防衛省」と「アメリカのイラク増派」がある。反発しないから作らなかったのではない。どう展開しても「軽く笑える」視点にならなそうだからやめたのだが、(ゾーハの悲劇なんつって…すみません<(_ _;)>)どうしてもあと2年、ブッ○ュがやめるまでは、世界から緊張を取り除くのは無理っぽいなあとは思う。世界は良識ではなく、明らかにその時代「覇権を握っている」国家の動向で動くのだ。ただその「親方アメリカ」が傾いた時、多分大きくのし上がるであろう「中国」「インド」(南アやイランも?)が、「よし今度こそ世界を平和に」と言い出すとは…今の所とても思えないのが問題。

でも正直。今私の心に一番引っ掛かっているトピックスは「納豆ブーム」だったりする。(話題が急に腰折れですみません)しっかり「あるある」を見てしまった我が家は、次の日から思い切り乗っかって、朝な夕なに納豆食べるようになった。でも、大阪出身の私は子供の頃、実は納豆食べられなかったのだ。母も駄目だったのだ。今でも覚えてるのは、「よし、一度納豆というのを食べてみよう」と決意して、母子で挑戦した日の事。パックを開け、固まってるのをつんつん突付く。(混ぜるとは知らなかった)思いつめた表情でパックを覗き込む。

「…なにこれー!腐ってるやん!糸引いてるー!変な臭いするし!」

で。結局食べられなくて捨てたの。(^^;)(もったいない)その私が、下宿でビンボーした時にケロッと食べられるようになった。(「納豆味噌汁の素」だったけど)食べ物を純然と「生きるに必要な安価なエネルギー源」と考えると、好き嫌いなんてなくなるね。そう言えば高田馬場で成人の日も向かえたっけ。ボロの「おっさんジャンパー」しか持ってなかったので、晴れ着だらけの成人式なんて絶対行く気はなかった。でも、住民票だけは一応移していたので、新宿区から「紅白まんじゅう」はもらった。「なんでえ…オトナって饅頭2個か」とぶつぶつ言いながら食べた記憶がある。饅頭だってそんなに好きではなかったけど、その頃は貴重なカロリーだったので。

で。この文章のどこを特に訴えたいのかというと「ケロッと好き嫌いがなくなった」という部分なのだ。世の中が荒れているのは人間の身勝手、自己本位、それが最大の原因だろうけど、「好き嫌いでものを判断し過ぎる」のも原因じゃないかと思っただけ。嫌いだとか憎いという感情は誰にでもあるだろうけど、だからって殺人までするか。戦争までするか。感情なんて変わるんだよね。嫌いな納豆だってビンボーすれば好きになる。同じ状況にいれば変わらないだろうけど、人間立場や生活が激変すると価値観だって変わるのだ。今まで見えてなかった事も見えるようになるのだ。同居人が格闘技大好きなので、それまで全くキョーミ無かったリングものや、その他スポーツも結婚してから見るようになった。嫌いだった人間も、離れてみてやっといい所が分かる事もある。(また会ったりするとまた嫌になる事もあるが(- -;))

人間には、今現在の自分の世界しか見えてないが、それは固定された一つの「瞬間」に過ぎない。私は誰よりも、自分自身に支配されるのが嫌だから、本当に嫌になったら別の何かを探す。「今」をやめる。人生破滅したりぶっ壊したりする前に、自分の新しい可能性を探す方が、多分ずっと面白いと思うんだけど。

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2006年6月27日 (火)

汚れた白百合

XPは今日、生まれ故郷の工場へ送られた。やっぱりその方がいいだろうと思った。メーカーでないと調べられない不具合が分かるかも知れない。パソコンはややこしいが、機械だからトラブルには厳然と原因ってもんがある。だから直しようはある。だが… 最近なんか、世の中不具合だらけという感じで、こっちは何が根本原因で、どう直せばいいのか良く分からないな。サッカーで日本が情けなく負けたせい、ばかりでもないだろうけど、なんかスッキリしないとゆーか。事件そのものに、替え歌でも笑い飛ばせる程のパワーがなくなってるというか。

何が言いたいのかというと…日銀総裁。総裁になる前の話だし、当時は犯罪者でなかった(^^)Mファンドで、雲の上の人が儲けたからと言って、うちら庶民には何の害もない、と言われてみればそーなのだが。実害があるかどうかでなく、倫理観の問題として。最高裁の裁判官が、たとえせこい事件だとしても、女子高生のスカートの中かなんか盗撮したら、裁判そのものまで信頼性がなくなるでしょー、という話。全ての分野で、世の中をまとめたり裁いたりする責任者、もしくは専門家が「しっかりしてない」感じ。それでは巷間の倫理観だってドンドン落ちていくだろう。「悪い事したら○○に言い付けるぞー!」つっても、その言い付ける親方がヘニョヘニョになっているのではどもならん。

そう言えばゲ○ツ親方は引退なさるそーですね。(98見捨てたままでかいっ!)これからは慈善事業に専念するとかで、賛同した米国のおーがね持ちが「4兆3000億」(チョウですよ…あんた)ゲ○ツ財団に寄付する、という記事を見て…なんか全身脱力したわな。同じ金持ちでも、どうしてこう日本の金持ちとは規模もやる事も違うんだろう。自分の利益が充分ある時でも、他人の幸せまで考える日本人ってほんとに少ないんじゃないのか。出て来た村○さんの姿をニュースで見た時、そう思った。この国だって昔は結構、心清らかな面もあったのだ。少なくともそういう人達がいたのだ。しかし、言ってもそれは「国が貧しかった」時代。自分が不幸だから、不幸な人の痛みは良く分かった。それが高度経済成長で儲け、バブルに入った時…すべてが瓦解した。自分の都合だけ考える人間が大半になった。それが証拠に、「お金がある。よし、これを日本のサッカーやフィギュアスケートを強くするために全て寄付しよう!」…なんて奴はなかなか出て来ない。(諸外国にはいっぱいいると思う)それでプライドだけ高くして、負けると傷付く。育てるために金を撒いてもすぐバックしないから出さないが、宣伝やユニフォームの為なら、儲けになるかも、と思って大枚はたく。そしてこける。大馬鹿野郎である。

ふと、私の気に入ってる格言の一つを思い出したので書いておく。これ、大昔教科書に載ってたんだ。

「汚れた白百合ほど汚らしいものはない」(ルナール)

ルナールって、あのいじめられっ子の話「にんじん」書いた人。イボガエルが泥まみれでも驚く人はいないが、清らかな白百合が汚れたら、そのギャップでよけい汚く見える、という話。「ちょっとくらい」ではないのだ。白百合に1点のンコや黒染みでも付いていれば、それはもう飾れない。かつて真面目で誠実で仕事熱心…だった日本人が、金で心を汚してしまった時代、それは海外にどれ程醜く映っているのだろう、と思うと、奈落の底まで情けない。いまだにブランドと豪邸とセレブ婚が庶民の夢なんだとしたら、そいつが間違って大儲けした時の未来の姿も推して知るべしである。いつか大金持ちになった時を考慮し(^^)(^^)(^^)、全ての庶民は今のうちに人間性を磨いておいてもらいたいものである。

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2006年1月 4日 (水)

日本坂・みかんパン

mikanpan  おまけ記事どぁ。帰りの高速で、私は突然「静岡名産みかんソフトが食いたい!」という衝動に駆られた。でも、満を持して停まった牧之原には無く、渋滞の準備で(つまりトイレに)停まった日本坂で、ついに発見!そしてそこで「メロンパン」の横に可愛く並んでいたのが写真の。「みかんパン」なんだな。いや(^^;)>、もはや半分以上齧られた後の姿ですけど。写真も撮ったしこれで心置きなく全部食えます。ちゃんとみかんの味と香りでうまかったにょ。これは結構お薦めかも。ただ、いつも常にあるかどーか、とか、上り車線だったので下りにあるかどうか、までは知りまへんで。

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2005年12月10日 (土)

183最後の勇姿

183a  だ~か~ら。勉強がでんでん進んでないと言っとるのに。同居人がまた取材写真を持って帰って来ちまったので、レポート書かずに記事書いてます…(--;)(おおぉーっ)←コレは、千葉の「しおさい」等として走っている「モハ183」という型の電車である。この電車が今日で職務終了して、明日からは使われなくなるらしい。で、9日、東京―千葉間の各駅では、

183b ←このよーに、駅構内のあちこちで、好きな人間が写真を撮りまくっていた。結構驚く程の人だかりだったようだ。ほんとのとこ、「あーボロい」と苦情の出るような車両だった(^^;)と思うのだが、これがマニアの愛なのか。もしくは、無くなると急にいとおしくなるものなのか。…彼らは終電近くまで頑張っていたという。電車の写真を撮っているという事は―その電車には乗れないのである。どーやって帰ったのだろう? これが第一の謎だ。そして、せっかくの183の最後の勇姿をぜんぜん撮らず、電車を撮ってる人たちを大喜びで撮っていた変なやつ(注・同居人)を、彼らはどー思って見ていたのだろう? これが第二の謎である。

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2005年12月 6日 (火)

わはははーこれが噂の!

ehomes  今日は記事書いたから、もういいと思ったのに… 同居人が面白いモノを持って帰って来たので、載せない訳にはいかないじゃーないか。そう。これはとある工事の確認申請に出された書類のコピーである。そしてその下には…

 

ehomes2←クリックして拡大してみよー。押してある検査済みのハンコ。今や超有名な、あの「○ーホームズ」の名が! う~ん、これが噂の○ーホームズの確認印のほんまもん(の、コピー)なのだあ。凄いぜ。(何が凄いのかは良く分からない) この書類もらったお客様は、果たして納得されていたのだろうか…

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